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前橋簡易裁判所 昭和49年(ろ)87号 決定

被告人 B・K(昭三〇・六・九生)

主文

本件を前橋家庭裁判所に移送する。

理由

本件公訴事実は別紙のとおりであつて家庭裁判所の調査審判を経て起訴されたものであるが、当裁判所における事実審理の結果によると、

一  被告人は、これまでの寄食先○谷○雄方を去つて実母D・R子と同居生活に入るとともに、かつて勤めたことがあり被告人の両親の仲人でもある斉○善○郎の許で瓦職人として勤めることとなり、後記事情と相まち従前の依存的な生活態度から自立的な生活態度へ移行するに必要な基盤が確保されたとみられること、

二  右○谷○雄は○○一家○○支部長の地位にあつて、当然のことながら被告人は右組織の構成員であつたものであるが、担当保護司○塚○好の助力によつて被告人が右○谷あるいは組織に対し何らの負担を課せられることもなく円満に離脱がなされたこと、

三  被告人の実母D・R子は○○生命保険相互会社外交員として稼働し、月収約一〇万円をえて被告人の妹D・Z子を扶養するかたわら、今後被告人の自立更生について監護を怠らないことを誓つており、また前記斉○、○塚両名による援助協力も十分に期待できること、

を認めることができる。

以上のような被告人の心情、環境、社会的条件の変化、本件が被告人の一時的衝動にかられた自動車の無断使用という形態の罪質であること、並びに家庭裁判所における調査の結果からうかがえる被告人の資質、生活経験を考え合わせると、過去における被告人の非行歴を考慮に入れても、被告人の健全な育成のためにはいま直ちに被告人に対し刑事処分をもつて臨むよりも家庭裁判所において保護処分に付するのが相当な処遇であると考える。

よつて、少年法第五五条により本件を前橋家庭裁判所へ移送することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 喜多昭二)

別紙

公訴事実

被告人は、昭和四九年三月三一日午後五時ころ、渋川市○町○○○○番地先路上において、同所に駐車中の○杉○一所有の普通乗用自動車一台(価格約四〇万円相当)を窃取したものである。

編注

1 被告人の非行歴

前橋家裁 昭四五・五・一決定 審判不開始(窃盗)

〃   昭四七・七・二二決定 不処分(窃盗)

〃   昭四九・三・八決定 保護観察(恐喝未遂)

2 受移送家裁決定

前橋家裁 昭五〇・五・三〇決定 保護観察(前処分取消)

参考一

意見書

前橋家庭裁判所

裁判官 殿

昭和49年4月24日

同庁 家庭裁判所調査官 友重淑郎

氏名   B・K

生年月日 昭和30年6月9日生(18年10ヵ月)

職業   露店商手伝い

本籍   渋川市○○○○

住居   渋川市○○×××の○ ○谷○雄方

上記少年に対する昭和49年少第316号窃盗

保護事件は下記事由により 検察官送致又は補導委託試験観察 を相当と思料する。

1.少年は本年3月8日、前件について保護観察処分に付され、その後も引続き暴力団○○一家○○支部長の地位にある表記○谷○雄方に組員として住み込んでいたものだが、前回の審判から1ヶ月未満の経過で再び本件の発現をみた。

2.少年の今回の非行は自動車の乗り回し窃盗であるが、非行時少年は3日間に亘つて前記○谷方を無断外泊中であり、○谷の叱責をおそれ同人方にも戻れず、俳徊中であつた。前夜は少年自身の家に泊つているが、(少年は組に入つて以来、最近時々家庭に顔を出すようになつたものの、泊まつたりしたことが殆どなかつた)家人から格別の反応もされず、一泊しただけで家庭を離れている。

言わば依拠の場を失い、心理的にも袋小路に追いこまれた状態の少年が、自動車を乗り回すという行動(少年は免許取得後間もないが、自動車運転は少年にとつて最も自我を発揮し得る行動であつたろう)によつて発散しようとした、衝動的な非行とみることができる。

3.今回の少年の非行には、少年が暴力団構成員であつたことが直接的、積極的な因子ではない。

しかしながら、少年をして暴力団に帰属感を求めようとせしめた、家庭における疎外感、不安定感が従来の非行と同様に、基底的な問題となつていると思われる。

4.本件非行により初めて観護措置を体験したこともあつて非行後における少年の内的動揺は大きい。

少年は知的能力も低いため充分な洞察力は欠き、なお依存的な生活態度でもあるが、依存対象を「組」或いは「家庭」のいずれかにおいて二者択一的に求めて混乱していることが窺われる。

ここにおいて家庭の積極的な衝きかけが行われれば有効な好機にあるとも思われるが、現在の少年家庭にはそれは期待し得ない。(しかし、何等かの衝きかけにより少年を動機づける好機会にはあると思われる。)

5.少年に対する保護観察は、漸く開始されたばかりであり、本件発現を以て直ちにその効果の乏しいものと即断することは、本件の動機などを考えても適当ではない。

むしろ、組に対する帰属感情に動揺がみられるだけに、なお相当の経過を待つべきではないかと考えられる。又同じ理由から、本件について直ちに少年院に収容することには躊躇があり、非行性が前件当時より一層深化していて収容による矯正教育が必要な域に達したものとも思われない。

6.結局、少年については、審判において次の諸点を明確にして相当な最終処分を決定することが相当であろう。

〈1〉 組に対する帰属感情を優先させて、従来に引続き○○一家組員としての今後の生活を志向していることが認められたとき。

非行に対する社会的責任を明確にさせる必要があり、検察官送致相当、(在宅)保護観察は継続されることを改めて強調しておく必要があろう。

〈2〉 組を脱け、家庭に受け入れられたい感情が窺えるとき。

保護者に受け入れの動機づけが充分でないこと。組関係者からの遮断が必要であることなどを考慮して、補導委託試験勧察相当。

委託先としては、トキネ制作が、家族的雰囲気をもつ委託先として適当であろう。

参考二 鑑別結果通知書〈省略〉

参考三

意見書

前橋家庭裁判所

裁判官 大塚淳 殿

昭和50年2月19日

同庁 家庭裁判所調査官 友重淑郎

氏名   B・K

生年月日 昭和30年6月9日生(19年 ヵ月)

職業   瓦職人見習

本籍   渋川市○○○

住居   渋川市××○○○○

上記少年に対する昭和50年少第12号 窃盗

保護事件は下記事由により 試験勧察(在宅) を相当と思料する。

少年の本件は、先に当庁においてなされた検察官送致決定にもとづいて、前橋簡易裁判所に公訴提起がなされ、同裁判所の審理の結果、少年法第55条により再送致された事案であるが、この公判所続の過程において、少年の身上には次のような変化がもたらされる。

即ち、少年は

〈1〉 従来所属していた暴力組織○○連合(○○支部)を脱退した。49.12.11

〈2〉 これに伴ない、同支部長〇谷〇雄方から表記に住居を変更して、実母、実妹と共に生活するようになつた。

〈3〉 嘗て、少年を雇傭し、又少年家庭事情も詳知している瓦職斉〇善〇郎方で余後少年は就労する方針が碓立した。

昨年12月20日前橋簡易裁判所において本件移送決定後は

少年は、表記実母の許で生活しており、前記斉〇方で就労中であつたが、本年1月以降は俄かに生活が乱れて、徒遊の日常が続いており、実母は指導の自信を失つている。<別紙報告書参照(編省略)

特に、最近、盲腸手術のため入院したことを契機にして、嘗て、〇〇連合〇〇支部長、〇谷方に寄食中、生活を共にしていた〇内〇子との交際が復活し、現在同人は少年方に同居中である。

調査時少年は、改めて斉〇瓦店で真面目に働くこと、〇内〇子との交際を継続する意思はないこと。夜遊びをしないことなどを誓約しているが、余後、実母の監護能力には不安があり、少年の現状に鑑みて、取り敢えず、試験観察決定の上、今後の経過を勧察することが必要と思料する。

参考四

意見書

前橋家庭裁判所

裁判官 大塚淳殿

昭和50年5月26日

同庁 家庭裁判所調査官 友重淑郎

氏名   B・K

生年月日 昭和30年6月9日生(19年月11ヵ月)

職業   塗装工見習

本籍   群馬県渋川市

住居   東京都北区○○×丁目○○○○○○ 崎○均方

上記少年に対する昭和50年少第12号 窃盗

保護事件は下記事由により 不処分 を相当と思料する。

1. 少年に関する試験観察の経過の概要

決定直前の状况

S.50.2.19.付意見書記載のとおり。

即ち、当時少年は1ヶ月余に亘つて全く就労していなかつた。夜間は外出して帰宅が深更に及び、時には外泊するといつた日常。盲腸手術を終つて退院・帰宅(2/13)以来、入院中少年に付添つていた女友だちがそのまま少年宅に同居する。

実母は少年に対する指導には自信なく、家裁に依存傾向が強く、少年自身も自己の生活について具体的・積極的な志向や動機が乏しい。

50.2.19 在宅試験観察決定

当面「生活規律の確立、(斉○瓦店に復職する。怠勤することなく夜遊びを慎しむ)」「同居中の女性(○内○子-保護観察中-)は帰宅せしめること」を実行課題とする。

○内は帰宅するが、少年は依然徒遊生活を続けて、日常生活に変化なし。

少年自身「自分の力では生活のきりかえができなくなつている」と訴えて生活環境の転換を欲する発言がみられる。

母もお手挙げの状態で、強い指導体制の下で、基本的な生活習慣を身につけてほしいと要望。

50.3.4 補導委託試験観察にきりかえ。

都内の委託先「崎○塗装」に補導委託。塗装業種選択については、少年の“職人的な仕事をしたい”意向を考慮。委託にあたつて少年の動機づけは認められる。

しかし、委託先に自分の自動車で行きたいと強く主張。(家庭には少年のほかに自動車を運転する者がいない。東京に乗つて行き、乗れなくても見ていられるだけで満足)

委託先崎○氏の意見をきき、勝手に乗り出さないことを条件に認める。

50.3.7 未明、委託先・崎○方を出奔。

一時、所在不明となつていたが、家裁から立回りの有無を問い合わせた○○一家○○支部の組員が、少年を発見して、3.13家庭に連れ戻す。渋川市内の友人○沢の家に泊まつていた。

出奔の動機:明け方目がさめたら急に自動車に乗つて、渋川に帰つてみたくなつたという。

崎○方に復帰の意向がある。

50.3.17 委託先に復帰。

(自動車を家庭に置いて行く条件で、3.15当職職員が少年を同行して委託先に赴く予定だつたが当日少年は不出頭。3.17直接自分で車を運転して復帰する。)

50.3.29(土) 帰宅(入質してある腕時計が流れるので請け出してくると委託先の許可を得て帰宅)。

復帰予定の翌日、家を出るが、友人宅に一泊して復帰せず。

※「東京まで帰るのにガソリンが不足だつたが、日曜で給油所が休みだつた」と弁解。

50.4.1 勢多郡○○○村地内で交通事故(自動車同士で衝突)。

双方の自動車は大破し、相手運転者は全治10日の傷害。

〈この時期の少年は重なる挫折、或いは自動車の大破のショックか無気力、虚脱状態で事態をどうきりぬけてよいのかわからない混乱ぶりを示す。〉

自ら方針を見出すまで特に指示は行わず、家裁に出頭させ或いは訪宅して話し合う。

4/12 崎○方で再度受け入れてくれるのなら復帰したいと申し出る。

50.4.14 委託先・崎○塗装に復帰。

現在に至る。

以上の経過は、試験観察決定以来、未だ漸く約3ヶ月に過ぎず、予後を予測するには充分ではないが、次のような背景を考察することができよう。

〈1〉 少年と家庭(母)との関係

昨年12月、少年が10余年ぶりに再び実母と生活を共にするに至つた経緯には、少年の公判担当弁護人の尽力に負うところが大きかった。少年と母の同居は、少年や母にとつて期待しないところではなかつたが、実現にあたつては予め双方の認識、或いは時間的、心理的、論理的にも充分な検討段階が不足していた模様であつた。

因みに少年の公判経過に、母子同居の時期をおいてみるなら次のとおりである。

49.11.18 弁論終結。

検察官は少年に対し、懲役6月以上1年以下を求刑。

〃  12.25 弁論再開決定(弁護人申請)

〃  12.11 実母ほかにつき証人尋問

〃  12.14 ※少年は○○一家○○支部を離脱。母の許に同居。

〃  12.20 家裁に移送決定

少年を引き取つて以後母は、少年が組との関係を絶つために少なからぬ金額を支出したり、少年の関心が強い自動車を買い与え、更には少年の疾病(虫垂炎手術)にあたつての対処。などそれなりに愛情と努力を傾けていたことは認められるが、10余年の空白によつて少年と母は心的交流の様式に慣れないため戸惑いがちとも言えた。

正月休みを契機にして少年が就労しなくなつたのが最初の失調であつたが、相互に不安、不信の感情が強まつてバランスを失い、母は家庭裁判所に依存的となり、少年は無気力化して、自動車運転に気分を紛らしていた。

〈2〉 補導委託以後

この時期に、少年は補導委託となつたが、委託後3日にして、少年は出奔し、一旦復帰したのちも12日目に帰泊の際、期限内に復帰せず、交通事故を惹起するなど極めて安定を欠いた経過を辿つていた。

しかしながら、4月14日再復帰以後は-未だ1ヶ月余を経過したにすぎないが-漸く安定傾向にあつて、去る5月初旬の連休に家庭帰泊(2泊)した機会にも何等動揺はなく、委託先に復して、引続き塗装工として就労中である。

先の自動車事故で、少年は自己所有の自動車を大破してしまつたが、委託先崎○方での生活も通算約2ヶ月となつて適応しつつあり、又母に対しても表面的には素気なさを装つているが、夜間など屡々(格別の用件がないのに)電話をかけて話しかけるなど愛情確認的な所為もみられて、情緒的にもバランスが保たれている。

これは、先に少年の本件非行について「依存的な少年が、依拠の対象を失なつた際の心理的不安が、重大な非行因子」(昭49年少第316号 意見書参照)であつたとする観点からみるならば、今、少年は自動車を失なつたが、母(家庭)を得た実感を漸やく確かめながら、委託先において安定感を取戻しつつあると言えよう。

2. 今後の予測と本件処分について

現在、少年は委託先「崎○塗装」において、塗装工として就労中であるが、少年は今後も引続き崎○方での就労を希望している。

「崎○塗装」は建築塗装請負業。

従業員数名乃至10名程度を使用しているが、住込み(崎○方の近くのアパートを従業用に借りている)は少年を含め3名である。

内、少年と同室で起居を共にしている○林○寄(21歳、渋川市出身)は、嘗て当庁に窃盗の係属歴があり、当時の担当調査官の斡旋で崎○塗装に就職したが既に3年を経過している。同人とは、少年が補導委託以前には面識もなかつたが、現在、同郷の先輩として、少年には有利な存在になつている。

待遇は、未経験者の初任給として日給2、500円を支給されているが、順次昇給の予定。朝食、夕食は崎○方で用意されているが、休業日(日曜)は自弁。

少年は余暇は、主に住込みの他の2人の同僚と花札をしたり、パチンコに行つたりするが、時には他の仲間も加わつて、麻雀をし、或いはキャバレーなどに出入することもあるようである。しかし少年はアルコール類は、未だあまり好まない。

同室の○林○己は乗用車を所有しており、日常現場には崎○方の自動車(崎○氏運転)で往復し、又他の職人も夫々自己の自動車で通勤するものがいるので、時折は少年もハンドルを握る機会はあると想象される。(本人は運転していないと述べているが)、しかし、自動車に対する関心は強く、将来は自分で働いて自動車を購入したいと考えており、前記○林○己はそれを実証するモデルになつている。

全般に、現在の職場雰囲気は所謂「職人」的な明快・直接的なものがあり、少年が過去に経験している職歴(父の仕事)の雰囲気と異質ではない。

少年は、審判期日に出廷のため群馬に戻つても、「審判が終つたらすつとんで(東京に)帰ります」と述べており、事実、少年の現在の職場における作業態度、同僚との融和ぶりなどからも定着の可能性は見込まれる。

保護者(母)も、少年が引続き崎○方で就労することを期待している。

少年は成年到達を目前にしており、約3ヶ月間の試験観察期間の経過を以て、本件を終局せざるを得ないが、上記の如き経過と現状に鑑みるならば、従来の保護観察処分の維持を以て足りると思料する。

既に、本件非行の発現後1年余の時日の経過があること。

少年は暴力団組織から完全に離脱したと認められること。

幼時、別離した実母との関係が回復し、保護体制及少年の帰属感も充実していること、などは、本件が先に一旦検察官送致決定後、公判を経て再送致に至るまでのいわば「法廷におけるケースワーク」の効果であり、家裁はこれをフォローアップしたものとして本件を終結したい。

なお、少年は前橋保護観察所において保護観察中であり、補導委託による居所移動に伴なう事件移送は、行われていない。

これは補導委託当初の、少年の不安定な動向によるものと推察されるが、予後の保護観察の実施については、東京保護観察所において行われることが望ましいので、場合によつては決定を以て改めて同保護観察所を指定することも検討し得る。

審判期日に保護観察所観察官の出席を求めて、その意見を参考にすることが有効と考える。

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